特別じゃないことを、特別に扱うことの意味を感じる。
ホラノコウスケ(@kosuke_art)です。
東京オペラシティにて、「日常生活|相笠昌義のまなざし」を開催中(〜2018/6/24)。
ありありと描かれた「人々の日常」に、あなたは何を感じるでしょう?
相笠昌義とは
相笠昌義が初めて「日常生活」と題する作品を手掛けたのは1960年代のことで、以来50年以上にわたって飽くことなく日常生活を描き続けています。都会の公園、駅、交差点 ─ 人々が集い、やがて去って行く、そんなありふれた光景、というよりも、私たちが「ありふれている」と気付くことすらない光景に、なぜ相笠は着目し、執心するのでしょう。(中略)
たとえば、駅で電車を待つ人たち。数分後には電車がやってきて、向かいのホームの人々はほうきで掃かれたようにいなくなってしまう。車内で隣り合う人も、たまたま居合わせた他人同士で、ある時間と場所を共有しながら、それぞれが互いの存在すら意識しないまま去って行く。高密度な社会でありながら、人間同士の関係が希薄な現代生活の一断面は、相笠の眼には奇妙この上ない光景に映るのです。生活者の一員として日ごろこのような状況の一部となっているにもかかわらず、そのことに無自覚な私たち鑑賞者は、相笠の作品を前にして初めて自らを客観視するのです。
1つのことを50年続けるというのは、驚くべきことですね。
「日常生活|相笠昌義のまなざし」@東京オペラシティ
すごい観察力(あるいは想像力、表現力)です。
描かれた一人一人がとてもリアルで、それぞれのストーリーが気になってしかたがありません。
なんだか違和感を感じたこの作品。その理由はすぐ分かりました。
この作品から30年近くたった今、地下鉄のホームはこの作品とは全く違う風景なのです。
今ではほとんど全員が、スマホを見ているのですから。
30年で年を取っただけでなく、世界の「日常」はずいぶん変わったんだと気づきます。
≪駅にて≫、≪交差点にて、あるく人≫などの作品では、そこに描かれた人々が皆、なんだか不機嫌そうな顔。
「そうそう、日本人は疲れてるよね」と思って別の作品≪ニューヨークの地下鉄≫を見ると…。
あれ?やっぱりみんな、不機嫌そうでした。
そういう作風なんですね。
まとめ
ここではわからないと思いますが、実際の作品はかなり細かい描写がされています。
ブリューゲル作品に通じる面白さがありますが、相笠昌義作品は日本人なのでよりリアルに感じます。
本展は、先日紹介した企画展「五木田智央 PEEKABOO」のチケットでも入場可能です。
日常を人に見られたくない、ホラノコウスケ(@kosuke_art)でした。
場所:東京オペラシティ3階
住所:東京都新宿区西新宿3-20-2
会期:2018.4.14[土]— 6.24[日]
開演時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日
入場料:200円 (企画展「五木田智央 PEEKABOO」のチケットでも入場可)