最後に「筆」を握ったのはいつだろう?
キーボードを叩くのでもなく、スマホ画面をタッチするのでもなく。
2018年だけで326展のアートを巡ったライター・講師、ホラノコウスケ(@kosuke_art)です。
名古屋市東区のGallery NAO MASAKIにて、「現代の書 ARTSHODO 3人軌跡」展が開催されています(〜2019/2/10)。
最近の書道って、こうなの!?
「現代の書 ARTSHODO 3人軌跡」展
今までの伝統書道の世界とは全く違う明らかに異質の存在。彼らが放つのは書の表現を愛し、あるいは媒介にし、追求し、思考と即興の積み重ねた、今、確かに呼吸をしている現代の「書」の姿である。これを芸術と呼ばずに何と呼ぶのか?
あなたも驚くでしょう。
これが書道なのか!?と。
書家 山本尚志
僕の書には必ず絵が登場する。でも、絵を描きたいわけではない。何かのお題として図形を描き、「これはなんだ?」といつも自分に問うのだ。つまり、お題をクリアするために、僕は初めて文字を書くことが出来る。そこでようやく「ひとりの書家」になれるというわけだ。このことは禅僧の公案(師から与えられた問題)を解くことに似た態度ではないかと最近では思っている。そうやって、僕は日々、自分の中の心の扉を開き続ける。書道とは、僕のそうしたことに対する唯一の手がかりであり、手段なのだろう。
東京で『マド』展を見て、「なんだこりゃ」と思いましたよ、正直。
私にとって、アートはアイデア×美。美しさは大切です。
ハッキリいって、山本尚志さんの作品を私は美しいとは思いません。
でも、気になって気になってたまらないんです。
こんな書、見たことないですから。
山本尚志さんの作品は、筆を使うのに筆らしさを活かさない。
つまり、線に太い細いがないのです。
そして、そのものスバリの言葉を書いてしまうシンプルさ。
言葉の圧倒的な力を感じます。
言葉を与えられた途端、そう見えるのですから。
これはスピーカーでも虫カゴでもなく、「しつがいき」なのです。
人も、名前や肩書きで印象変わることがあります。つまり、言ったもん勝ちですね。
書道教室の先生に怒られそうなこれらの作品は、アートとして輝いています。
他にも数点、展示されていますよ。
書家 ハシグチリンタロウ
書家 ハシグチリンタロウ Lintalow HASHIGUCHI
情報過多の時代、スマホを見ているとニュース、SNS、いろんな人のいろんなことばが文字に変換されて溢れ返っている。ロジカルな世の中から押し出された断片的な文字やことばは、自然と周辺へと押し出されて、疎外され見落とされている。僕は、社会性や公共性からはみ出しているもの、破綻しているもの、使い道のないもの、を目一杯に書いて、世の中の端っこに置いておきたいと思っている。
勢い・迫力がありますね。
中にはこんな作品も。
これも文字というより全体として絵のように見えます。
書家 Ayako Someya
書家 Ayako Someya
私の考える書道の根幹には文字がある。
それは意味や読みを直接的に伝えることではない。
認識できない程に抽出した先にある何か。
極限まで研ぎ澄ますことで現れる何か。
その何かを考えた時、元素という概念に辿り着いた。
元素記号によって作り出された構造図は、あたかも物質そのものを表す文字のように感じられた。
私は自分の感覚に問いかけ、反応する。
そして、文字と対峙し、追求し、探り得たものを重ね合わせていきたい
とても不思議ですね。
文字が書かれていたものを、にじませているようです。
たとえば上の作品はNH3の元素記号。
Nがあって、そこにHが3つ、つながっているイメージです。
まさか墨と筆で元素を表現するとは。
まとめ
古いもの、伝統も良いですが、ただそれを守るっていうのは「言われたとおりにやるだけ」、つまり思考停止だと感じます。
この3人のアーティストは、書道という伝統から抜け出しています。ぶちこわしています。
そういう発想・行動が好きな、ホラノコウスケ(@kosuke_art)でした。
場所:Gallery NAO MASAKI
住所:愛知県名古屋市東区葵2-3-4
会期:2019/1/26-2/10
開演時間:12:00〜20:00
休館日:火曜日
入場料:無料
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